2021年3月14日日曜日

検出下限(検出限界)に関する2つの考え方 分布で捉える検出下限

1.分布で捉える検出下限(検出限界)

分析装置から出力される信号にはバラツキが存在し、対象成分がまったく存在しないブランクであっても、それは例外ではない。そしてそのバラツキは、平均値を頂点とした左右対称の正規分布に従うと考えられている。

その正規分布は平均から±1σ以内にその分布の約68%が収まることが知られていて、±2σ以内なら約95%、±3σ以内なら約99.7%が収まる。

さて、機器分析における検出下限(検出限界)とは、ブランクと有意に異なる機器信号を与える濃度のことだった。では、この分布のどこからがブランクと有意に異なる機器信号なのだろうか?

結論から言ってしまうと、ブランク信号の平均から +3.3σ もしくは +3σ 離れた機器信号に相当する濃度を検出限界としている。

しかし、現場の人間からすれば 「 " +3.3σ もしくは +3σ " じゃなくて、どっちかに決めてくれよ!」と言いたくなるが、それぞれ理由があるからしかたない。だから、その理由をみていこう。


2.検出限界に関する2つの考え方

+3σ を提唱したのは Kaiser という人物だ。
+3σ 離れた機器信号は、ブランクを100回測定したら稀に1回だけ出るかもしれない、平均から大きく外れた信号のことだから、ブランクと有意に異なる機器信号として申し分ない。

オレンジ色の線がブランクと有意に異なる機器信号になるが、この線は " ブランク " と " 検出 " を分割する境界線と捉えてもらってかまわない。それを踏まえた上で Kaiser が提唱した検出限界の問題点を見ていこう。

ブランク信号と同様に検出下限の信号も当然ばらつく(分布する)。それならば、オレンジ色の線はもっと広がりを持って良いはずだ。
仮にブランク信号と検出下限の信号のばらつき(分布)が同じだと仮定すると、2つの分布は次のようになる。

オレンジ色の分布の左半分が+3σより内側にあることに注目して欲しい。
+3σ の境界線より左側はブランクだから、検出下限の分布の半分がブランクになってしまう。
つまり、ブランク信号の平均から +3σ 離れた機器信号に相当する濃度の物質を含む試料を測定した場合、検出されない確率が 50% になってしまうのだ。

Kaiser が提唱した検出限界は、ブランク試料を測定したときに、検出したと間違える確率(α)は ( 100-99.7 )/ 2 = 0.14% だが、検出限界に相当する濃度の物質を含む試料を測定したときに、不検出だと間違える確率(β)は 50% であり、α と β に大きなズレが起きてしまう。

この件について、Currie という人物は α = β = 5% にしようと提唱した。これを分布図で表してみよう。

正規分布の特性として⺟集団の約95% は平均から ±1.645σ 以内にあることが知られている。したがって、ブランクの分布では平均から+1.645σ 以上(⾚枠の部分)は “ 検出!” と判定され、検出下限の分布では平均から-1.645σ 以下(緑枠の部分)は “ 不検出!” と判定される。

また、“ 検出!” と判定される領域は、検出下限の領域(オレンジ⾊の部分)に⼊り、 “ 不検出!” と判定される領域は、ブランクの領域(⻘⾊の部分)に⼊るから、2つの分布図を重ねると次のようになる。


したがって、 Currieが提唱する検出限界はブランクの平均から 3.29σ(2×1.645σ)だけ離れた機器信号に相当する濃度になる。


3.結局のところ、3.3σ と 3σ どっちを使えば良いの?

JISや公定法等で規定されているのであれば、当然それに従おう。
たとえば、JIS K0127「イオンクロマトグラフィー通則」は、3.3σ 相当の濃度を検出下限としているし、次に挙げるJISについては、3σ 相当の濃度を検出下限としている。

JIS K0116「発光分光分析通則」の装置検出下限
JIS K0121「原子吸光分析通則」の装置検出下限
JIS K0133 「高周波プラズマ質量分析通則」の装置検出下限と方法検出下限

また、上本道久氏が著書『分析化学における測定値の正しい取扱い方』に記している 3.3σ を使用する理由も紹介しておきたい。

“有害物質のスクリーニング分析などでは α=β とする、3.29σ を使うべきである。β が大きくなると、本当は存在するのに存在しないと誤る確率が大きくなることになり、スクリーニングの目的が果たせなくなる。”


引用文献
上本道久:「分析化学における測定値の正しい取扱い方」, 日刊工業新聞社, 2011

参考文献

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