2021年7月10日土曜日

環境計量士(濃度関係)国家試験問題の解説(環濃) 第71回(令和2年)問6

📁第71回(令和2年)

昨年、はじめて出題された JIS K0450-70-10 が今年も出題されました。環境計量士の試験の特徴として、同じテーマを2年連続で出題することが多いですから、前年の過去問演習には大きな意味があります。

さて、某環境計量証明事業所で営業担当として勤務する私の友人曰く、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)やペルフルオロオクタン酸(PFOA)といった有機フッ素化合物の分析は、いま最も注目されているようです。

昨年の問題は、この規格を知らなくても対処できる内容でしたが、今年は知らないでは済まされないようで、下線部(a)の正誤判定は、この規格を確認する必要があります。


(a)
規格の「1.適用範囲」を見てみますと『この規格は工業用水及び工場排水中のPFOS及びPFOAの直鎖異性体を、固相カラム及び高速液体クロマトグラフタンデム質量分析計(LC/MS/MS計)で定量する試験方法について規定する』ことが書かれているので、下線部(a)は正しい内容です。

(b)
下線部(b)は質量分析計のイオン化の方法ついての基礎知識が問われていて、JIS K0450-70-10 は関係ありません。
質量分析計は分析したい試料を必ずイオン化する必要があり、前処理装置によってイオン化の方法は異なります。
たとえば、ICP-MSではイオン化法としてプラズマ(ICP)が用いられるし、GC-MSでは電子イオン化(EI)法や化学イオン化(CI)法が、LC-MS ではエレクトロスプレーイオン化(ESI)法や大気圧化学イオン化(APCI)法が主に用いられています。

以上より、下線部(b)の電子イオン化(EI)法はGC-MSのイオン化法なので誤りです。
これで選択肢は3と5に絞られました。


(c)
選択肢の(c)は検出方法について問われていますが、これを解説する前にMSとMS/MSについて解説する必要がありそうです。

1つのMS(質量分離部)を持つ装置
LCやGCといった前処理部を通過した試料は、イオン化部でイオン化されたのち、質量分離部に導入されます。ここでは通過できるイオンを質量数ごとに選別することができます。
その選別方法は2つに分類され、1つはイオンの質量数を連続的に変化させ、マススペクトルを得ます。これをスキャンモード(全イオン検出法)と言い、定性分析に用いられます。
もう1つは通過できるイオンの質量数を指定することで、感度の良い定量分析が可能となります。これをSIMモード(選択イオン検出法)と言います。

SIM:selected ion monitoring


2つのMS(質量分離部)をもつ装置
この装置は2台のMSを直列に結合し、その間に衝突活性化室を挟んだ構造になっています。
原理としては、イオン化された試料を1つ目のMSで任意の質量数を指定し、特定のイオンのみを通過させます。1つ目のMSを通過したイオン(プリカーサーイオン)は衝突活性化室に導かれ、希ガスや窒素などの不活性ガスと衝突し開裂します。つまり、プリカーサーイオン由来の別のイオンが生成することになります。この生成したイオン群をプロダクトイオンとよびます。
新たに生成したプロダクトイオンは2つ目のMSでさらに質量分離されたのち、検出器へと導かれます。

このように2つのMSを通過することで2重にフィルタリングされる検出方法をSRMモード(選択反応検出)と言います。

SRM: selected reaction monitoring


まとめ
MSでは「スキャンモード」と「SIMモード」での分析が可能。
MS/MSでは「スキャンモード」、「SIMモード」、「SRMモード」での分析が可能。


有機フッ素化合物の分析でLC/MS/MSを指定している理由は、「SRMモード」で分析する必要があるからです。したがって、下線部(c)は正しい内容ですから、選択肢3が正解となります。


最後にMS/MSが必要とされる理由を簡単に話しておきましょう。

一般的にLC/MSやLC/MS/MSで採用されているイオン化方法は試料分子の分解が起こらないソフトイオン化法に分類されます。この場合、LC/MSでは異性体の判別ができず、分子量情報を示すイオンしか観察できません。

同じm/zでありながら異なる構造を持つイオンをどのように区別するのか?

不活性ガスと衝突した分子イオンは、化学結合の弱い部位で開裂します。同じm/zのプリカーサイオンであっても、構造が異なれば異なるm/zのプロダクトイオンを生成する可能性があります。もし、異なるm/zのプロダクトイオンが生成するのであれば、両者は明確に区別することができます。これがMS/MSが必要とされる最大の理由です。
また、一般的なノイズも2つのMSを簡単に通過することができないので、ノイズを大幅にカットすることもできます。