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2020年1月9日木曜日

有機物試料の分解法(1)「硫酸鉛は溶けない」と信じる正社員の末路

有機物、その中でも分子構造が極端に大きくて複雑な石炭を話の題材にして、それに含まれる鉛の分析方法を考えていきたいと思います。

石炭に限らず有機物を分解する際、最初に硝酸を加える方が多いと思いますが、何でもかんでも、いきなり硝酸を加える行為はあまり賢い選択ではありません。石炭や乾燥下水汚泥、糖分や脂質の多い食品などは硝酸と急激に反応して、ビーカーの中身がふきこぼれることが多々あります。

この場合、はじめに硫酸を加えて試料を炭化させることで、その後の工程がスムーズに進みます。ところが、この方法に文句をつける正社員がいます。

「硫酸を加えたら硫酸鉛が沈殿して、溶かせませーん。派遣社員はそんなことも知らないんですかぁ⤴」

💢💢💢

どうやら彼は、硫酸鉛は溶けない!と信じているみたいです。硫酸鉛を処理する方法はいくつかありますが、それを紹介する前に彼(正社員)の分析を覗いてみましょう。


正社員 VS 石炭

ついに激突してしまった正社員と石炭の対決。派遣社員の「硫酸を使用する」という助言を一蹴した彼は、華麗に石炭を分解し、その実力差を派遣社員に見せつけたいところです。

試料(石炭)の入ったビーカーを見下ろす正社員が最初に取り出したのは硝酸です。これを豪快に加え、熱板にのせました。硝酸を浴びた石炭からは褐色の二酸化窒素ガスが発生し、ムクムクと気泡がビーカーの壁を登っていきます。

おっと、ここで正社員がビーカーを熱板から下ろしました。どうやら試料と硝酸の反応が激しいので、いったん落ち着かせるようです。

(数分後)反応が落ち着いたので、ビーカーをもう一度熱板にのせました。再び、褐色のガスが発生し、ムクムクと気泡がビーカーの壁を登っていきます。ここで正社員、再びビーカーを熱板から下ろしました。(しばらく繰り返すので省略)

(およそ30分後)石炭と硝酸の反応も落ち着き、褐色のガスも出なくなったところで、正社員が何かを取り出しました。

あ、あれは、なんと過塩素酸です!

正社員、ここで一気に勝負に出るようです。過塩素酸は強力な酸化剤ですが、有機物と反応して大爆発をする極めて危険な試薬でもあります。

大丈夫なんでしょうか?

試料(石炭)はまだ黒いままで、分解したようには思えません。この状態で過塩素酸を加えれば返り討ちにあう(爆発する💥)可能性が大いにあります。試料(石炭)をにらみ続ける正社員、彼の緊張感がこちらにもヒシヒシと伝わってきます。

(数分後)正社員、勇気を振り絞って過塩素酸を投入し、ビーカーを熱板にのせました。

彼は漢なのか?バカなのか?(いや、バカでしょう)

(数分後)硝酸の蒸気が見えなくなり、ビーカーの壁面に付着していた水滴もなくなりました。過塩素酸による脱水効果でしょう。過塩素酸の白煙はまだ発生していません。しかし、嵐の前の静けさといった、不気味な静寂にビーカーは包まれています。

「バカ者!何やってるんだ!」

突然の罵声、その声の主は会社の技術顧問です。実験室の危険を察知して、駆け付けて来たようです。そして、ここで試合終了(分析終了)。勝者は石炭です。あのまま続けていたら、間違いなく正社員は返り討ちにあっていました。

過塩素酸は白煙発生と前後して爆発します。まさに白煙発生の直前でした。

このように、石炭をはじめとする一部の有機物は硝酸単独での分解は困難です。だからといって、過塩素酸のような危険な試薬を使用すると返り討ちに合います。湿式分解で有機物を分解するには、素直に硫酸を使用する以外方法はありません。まずは有機物を分解し、そのあとで硫酸鉛の処理をするというのが昔からの定石です。

さて、硫酸鉛の処理方法も紹介するつもりでしたが、ちょっと長くなったので次回にします。それと、過塩素酸はとても危険な試薬なので、使用する際は気を付けてくださいね。当方は責任を負いかねます。


※この話はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

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