ラベル 定量下限値 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 定量下限値 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2022年2月17日木曜日

定量下限値のはなし(5) 鉛の定量下限値を求める!

今回は実践編ということで「JIS K0116 発光分光分析通則4.8.4.5」に記載されている方法定量下限(MLOQ)の求め方に従って、鉛の定量下限値を求めてみる。

準備するものは次の2つ。

① 空試験溶液
② 空試験溶液の発光強度の2倍以上の発光強度を与える濃度の測定対象元素を含んだ溶液


複雑な前処理は行わず、硝酸の濃度が0.1mol/Lになるように純水に硝酸のみを加えたものを①とした。

②は「空試験溶液の発光強度の2倍以上の発光強度を与える濃度」がどれほどの濃度なのか見当がつかない。そこで①と同様に硝酸濃度を0.1mol/Lとし、これに鉛の濃度が0.1mg/Lとなるように調整した。

準備完了後、①と②をそれぞれ10回連続で波長220.353nmの発光強度を測定。その平均値と標準偏差を算出し表にまとめた。このとき分析装置のバックグラウンド補正は解除しておく。そうしないと①の正しい発光強度が測定できない。



 平均値  標準偏差 
 ① 空試験溶液   1035.20   6.61
 ② 0.1mgPb/L   1574.17  7.36

この結果をもとにjisに記載されている次の計算式を用いて、方法定量下限(MLOQ)を計算する。

MLOQ=√2×10×①の標準偏差 / 検量線の傾き

※検量線の傾きは (②の平均値-①の平均値) / ②の溶液濃度

この計算式に測定結果を代入すると

MLOQ = √2×10×6.61 / [(1574.17-1035.20) / 0.1]
MLOQ = 0.017

以上より、今回の分析方法では約0.017mg/Lまでの鉛が定量できることが分かった。


ところでMLOQを算出するとき、標準偏差を√2×10倍している。この√2にはどんな意味があるのだろう?


前処理を伴う分析の場合、操作ブランクも並行して分析が行われる。そして操作ブランクと試料を個別に測定した上で両者を差し引いて正味の濃度を求めることが多い。

このとき操作ブランクには操作ブランクのバラツキがあり、試料には試料のバラツキがある。当然これらは無視できないから、正味の濃度のバラツキを求める必要がある。


さて、どうやって求める?

考え方は両者のバラツキを足し合わせて合成すれば良いのだけれど、困ったことにバラツキ同士は四則演算できない。ところが、二乗すると四則演算できる。

ブランクのバラツキ(標準偏差)を「σb」、試料のバラツキ(標準偏差)を「σs」とする。
すると、正味のバラツキ(σns)は次の式で表すことができる。


ns)2 = (σb)2+(σs)2

このとき σb = σs と仮定すると...

ns)2 = (σb)2+(σb)2
ns)2 = 2(σb)2
σns = √2σb

以上より、この√2には操作ブランクと試料それぞれのバラツキを合成する意味があることがわかった。


関連するページ

2022年2月11日金曜日

定量下限値のはなし(4) その定量下限値、意味ないですよ(笑)

前回、「定量下限値」と「相対標準偏差」の関係を解説した。

その関係は非常に密接であり、具体的な精度(相対標準偏差)を決定しておけば、「定量下限値」は自ずと決まる。いや、そうする以外に「定量下限値」を決めることはできない。

たとえば、相対標準偏差10%の精度を定量下限値に求めるのであれば、定量下限値はブランク信号の標準偏差の10倍を与える濃度になる。

また、相対標準偏差20%の精度を求めるのであれば、ブランク信号の標準偏差の5倍を与える濃度になる。

※何を言っているのか理解できない人はリンク先を読んでくれ。


(自称)ベテラン中年正社員は言う。

『定量下限値は基準値の1/10の濃度という決まりがある!』

 

そんな決まりねーよ(笑)

定量下限値は具体的な精度が示されることで意味をもつ。
「基準値の1/10の濃度」がいつでもどんなときでも無条件に示された精度を満たすとは限らない。それはただの目標値だ。


ところで「定量下限値は基準値の1/10の濃度」という話はどこからでてきたのか?


おそらく「土壌汚染対策法に基づく調査及び措置に関するガイドライン Appendix-17」ではないかと私は推測する。これには次のように書かれている。

  • 地下水の水質分析では、定量下限値を地下水基準の1/10を目安とする。
  • 土壌溶出量調査では、定量下限値を土壌溶出量基準の1/10 を目安とする。
  • 土壌含有量調査では、定量下限値を土壌含有量基準の1/10 を目安とする。

どうやら「基準値の1/10」は目安であり、絶対条件ではないようだ。


(自称)ベテラン中年正社員は言う。

『検量線の最も低い濃度が定量下限値だ。ピークとノイズの区別がつかないほど低濃度でも、検量線は気合と根性で標準液を何回も測定していれば、そのうち相関係数が0.995以上になるから定量は可能だ。』

 

何言ってんだ、こいつ...

定量下限値は具体的な精度(相対標準偏差)を満たす必要がある。検量線の最も低い濃度がその精度を満たしているのであれば、それは定量下限値になり得るだろう。

ところが、検量線の最も低い濃度がその精度を満たさず、検量線の相関係数が『良い!悪い!』だけで判断しているのであれば、それは定量下限値になり得ないし、そうして得られた定量下限値に意味はない。


参考・引用したもの

職場の正社員の発言

関連するページ

定量下限値のはなし(3) 適切な精度とは?

前回、「定量下限値」を次のように定義した。

ある分析方法による分析対象成分の定量が何度も比較対象と同じ結果になる(適切な精度と真度で定量できる)最小量又は最小濃度のこと。


太字部分「適切な精度」、これは具体的にどれくらいの精度を指すのだろうか?

精度を数値で表したいとき、相対標準偏差(RSD)で表すのが一般的だ。

「適切な精度」は分析の種類、目的などによって変わるから、規格や公定法には相対標準偏差(RSD)が明記されている。ところが、それが読み取れない人は意外と多い。


規格や公定法から具体的な精度を読みとろう!

たとえば、底質調査法(平成24年8月8日 環水大水発第120725002号)には次のような記載がある。

分析方法の定量下限値(MQL)はMDL(分析方法検出下限値)の算出に用いた標準偏差sの10倍値とする。


これは分析対象物質や妨害物質を含まない試料に、検出下限値の5倍程度の濃度となるように調製した試料を用意し、これを7回以上測定したときに得た標準偏差sの10倍の数値が「分析方法の定量下限値」になる、ということだ。


...あれ?
規格や公定法からRSDを読み取る方法を解説していたのでは?

このような疑問を抱いてしまうかもしれないが、どうか最後まで聞いてほしい。


たとえば「分析方法の定量下限値」付近の濃度になるように調製した試料を用意し、これを7回以上測定したとしよう。測定によって得られた平均値X標準偏差s'を次の式に代入すれば、相対標準偏差 (%) が求まる。


相対標準偏差 (%) = (標準偏差s' / 平均値X ) × 100


このとき「 標準偏差s = 標準偏差s' 」と仮定すると、
「分析方法の定量下限値」は標準偏差sの10倍の数値だから、平均値X = 標準偏差s × 10 と表現できる。

なぜなら、平均値X「分析方法の定量下限値」付近の濃度になるように調製した試料の平均測定値のことだからね。

平均値X = 標準偏差s × 10を相対標準偏差の計算式に代入すると...


相対標準偏差 (%) = (標準偏差s / 標準偏差s × 10) × 100


これを解くと、相対標準偏差 = 10 (%)

つまり、底質調査法では定量下限値は相対標準偏差が10%になることを想定しているわけだ。


参考・引用した文献など

底質調査方法(平成24年8月 水・大気環境局)



関連するページ

定量下限値のはなし(1) 分析会社の闇

遠い昔のはなし。

化学分析の仕事に就いた社会人1年生の私は(自称)ベテラン中年正社員から「定量下限値」というものを教わった。
昔のことだから全てを覚えているわけではないが、次の2つのことは今でもはっきりと覚えている。

『定量下限値とは分析会社が保証する最も低い濃度の分析値ことだ。(中略)…だから検量線の最も低い濃度が定量下限値になる。』

 

何を言っているのかよく理解できなかったけど、素直な性格の私はその教えに忠実に従い日々の分析業務をこなしていた。そんなある日のことだ。


(自称)ベテラン中年正社員の指示に従い、濃度の異なる検量線作成用の標準液を4本調整した。その標準液を濃度の低いものから順番に測定したところ、相関係数が0.995未満の直線性の悪い検量線が出来上がってしまった。

検量線をよく見ると最も濃度の低い点が低濃度側にブレている。
私は低濃度側にブレてしまったその標準液を再調整し、再び測定を行った。しかしこんどは高濃度側にブレてしまった。
その後も調整と測定を繰り返したが、検量線の直線性は悪いままだった。

それもそのはずで、検量線の最も低い濃度はピークとノイズの区別がつかないほど低濃度だ。原因が私の標準液の調整ではなく、標準液の濃度設定にあることは明白だ。

素直で真面目な私は設定濃度が低すぎて測定できていない事実を(自称)ベテラン中年正社員に報告し、指示を仰いだ。


(自称)ベテラン中年正社員は答える。

『定量下限値は基準値の1/10の濃度という決まりがある。検量線の最低濃度を変えたら下限値が上がってしまうから、濃度は変えられない。検量線は気合と根性で標準液を何回も測定していれば、そのうち相関係数が0.995以上になる。他の人たちはそうやって頑張ってるんだ。』

 

要するに、『ごちゃごちゃ言わずに作業をしろ‼』ってことらしい。

面倒なトラブルを起こしたくないので、『気合と根性で頑張りまーす』と言って測定室に戻ったが納得したわけじゃなかった。


仕事から帰宅した私は今日の出来事を整理する。

① 測定器で測定をすれば、何かしらの数値は出力される。
② 分析会社はその数値に意味と信頼性を与えることで、お客さんからお金を頂いている。
③ 定量下限値はその数値に意味と信頼性を与えることのできる最小量のことだ。
④ 定量下限値は検量線の最も低い濃度のことらしい。

⑤ そして現在...
検量線の最も低い濃度は設定濃度が低過ぎて測定できない。


つまり...

測定器から出力された数値に意味と信頼性を与えられていない。
それにもかかわらず、お客さんからお金を頂いている。


え⁉...

やばくない?この会社...


-END-


関連するページ

定量下限値のはなし(2) 定量ができるとは?

1.定量下限値の定義とは?

「JIS K0211分析化学用語(基礎部門)」によると「定量下限値」は次のように定義されている。

ある分析方法によって分析種の定量が可能な最小量又は最小濃度

※「分析種」とは分析対象成分のこと。


さて、太字部分「定量が可能」という表現。これはどんな状態を示すのだろう?

「定量が可能」は「定量ができる」と言い換えても問題ない。
でも「定量」という言葉はあまり身近な表現ではないから、小学生でもわかる「逆上がり」に置き換えてみる。


2.「逆上がりができる」とはどんな状態?

誰もが小学校の体育の時間に逆上がりに挑戦した経験があるはずだ。そのときのことを思い出してみよう。

両手で鉄棒を握りしめ、勢いよく地面を蹴り、足を振り上げる。握りしめた鉄棒に体を引きつけ、振り上げた足を真上に持っていく。こんどは地面に向かって足が小さな弧を描くように回転すると、真下にあった頭は小さな弧を描くように回転し真上にきた。

このとき、君は心のこう叫ぶはずだ。

「できた!」
「成功した!」


つまり、「逆上がりができる」とは「逆上がりに成功する」ことだ。


ここで話は終わりじゃない。まだ続きがある。

今日は逆上がりのテストの日。1人ずつクラスのみんなが見ている前で逆上がりをしなければならない。

君の順番がやってきた。
心臓が高鳴る...

この前と同じように両手で鉄棒を握りしめ、勢いよく地面を蹴り、足を振り上げた。

しかし、振り上げた足はそのまま地面に着地した。
...失敗だ。

焦る気持ちを抑えられないまま、もう一度挑戦したが結果は同じだった。
君の逆上がりを見たクラスメイトたちはこう思うはずだ。


「君は逆上がりができない!」


「この前はできたんだ!」と必死に訴えても無駄だ。
今ここで逆上がりに成功しなければ、意味がない。

本当に逆上がりができる子は「この前」だけでなく「今」、そして「これから」も成功する。

そう...「何度でも」成功する。


さて、「逆上がり」の話はこれくらいにして「定量ができる」の話に戻ろう。 ここまでの話から「定量ができる」の意味はこうなる。


何度も定量に成功する


3.「定量に成功する」って何だ?

再び身近な例を思い浮かべてみよう。

君が分析した認証標準試料の分析結果が認証値の許容範囲内だったとき、君は分析に(定量に)成功したと思うはずだ。
なぜなら、認証値の許容範囲内にあることは、君の定量結果と信頼のある分析機関の定量結果がほぼ同じだったことを意味するからだ。


つまり「定量に成功する」とは「定量結果が比較対象と同じになる状態」だ。


※比較対象とは認証標準試料の認証値のことだったり、誰かが調製した標準試料の調製濃度ことだったりする。


「JIS K0211分析化学用語(基礎部門)」によると、 「定量結果が比較対象と同じになる」その程度(どのくらい同じになるか)のことを「真度」という。

そして「何度も定量結果が同じになる状態」を「精度が良い!」と言い、逆に「何度も定量結果が同じにならない状態」を「精度が悪い!」と言う。

※ところで「真度が良い!」とか「真度が悪い!」といった表現は聞かない。でも、こうした表現があっても良いと個人的には思う。


4.まとめ

「定量ができる」とは「何度も定量に成功する」ことであり、「何度も定量結果が比較対象と同じになる」ことだ。
これは「精度」と「真度」が良い状態のことでもある。

以上を踏まえると「定量下限値」は次のように定義される。

ある分析方法による分析対象成分の定量が、何度も比較対象と同じ結果になる(適切な精度と真度で定量できる)最小量又は最小濃度のこと。

 

5.参考・引用した文献など

JIS K0211:2013, 分析化学用語(基礎部門)
上本道久:検出下限と定量下限の考え方, ぶんせき, №5, 216-221 (2010)
派遣先の正社員さんの発言


6.関連するページ