2021年2月6日土曜日

環境計量士と化学熱力学(3)

4.エンタルピー

有名な話だけど、凹んだピンポン玉を直したければ、ピンポン玉を熱湯に浸ければ良い。
熱湯によって温められたピンポン玉の中の気体が熱膨張して、凹んだ部分をピンポン玉の内側から押し戻すからだ。

そこでだ、仮に凹んでいないピンポン玉を熱湯に浸けたらどうなるだろうか?

凹んでいないピンポン玉の体積は変わらないから、気体は仕事をする必要がない。だから、外界(熱湯)から受け取った熱は系(気体)の内部エネルギーのみを増やす。


熱力学第一法則より内部エネルギーの変化量は ΔU = Q + W で表せた。
体積が一定のとき、気体は仕事をしないから W = 0 を上の式に代入すると、内部エネルギーの変化量は ΔU = Q で表せる。

つまり、内部エネルギーの変化量と系に出入りする熱量が等しくなり、非状態量である「熱量」が状態量として扱われる。これはとても大切なことだから覚えておこう。

体積が一定(定容)のとき、系に(出)入りする熱量は内部エネルギーの変化量に等しい。


こんどは、圧力が一定のときを考えてみる。

圧力が一定とはピンポン玉に穴が開いている状態のことだ。
外界(熱湯)から受け取った熱は系(気体)の内部エネルギーを増やし、開いた穴から大気を押し上げる仕事をする。

系が外部に対して仕事を行うと内部エネルギーを消費するから、Wにはマイナスの符号が付く。したがって、圧力が一定のときの内部エネルギーの変化量は ΔU = Q - W となる。

でもこの式、全然シンプルじゃない...
圧力が一定(定圧)のときの ΔU = Q みたいにシンプルな式にしたい...

こんなワガママを叶えてくれるのが "エンタルピー" だ。
エンタルピー(ΔH)とは、圧力が一定(定圧)のとき、系に(出)入りする熱量のことだから、その変化量は ΔH = Q となる。これも大切なことだから覚えておこう。 

圧力が一定(定圧)のとき、系に(出)入りする熱量はエンタルピーの変化量に等しい。



5.熱化学方程式とエンタルピー変化による表記

普段の会話で使われない "エンタルピー" という用語だが、その正体は圧力が一定のときに系に(出)入りする熱量のことに過ぎない。

しかも、一定の大気圧下(常に定圧条件)で生活している私たちにとって、身の回りで起こる反応に伴って出入りする熱量は「エンタルピー(H)」ということになる。

たとえば、温度25℃・定圧条件で都市ガスの主成分であるメタン(CH4)1molを完全燃焼させたとき、高校化学では次のような熱化学方程式を書いた。

CH4(g) + 2O2(g) = CO2(g) + 2H2O(g) + 802kJ

※もし反応後のH2Oの状態が気体(g)ではなく液体(l)で考えるのなら、気体から液体に戻る際に熱(潜熱)を放出するので、そのときの熱量は890kJになる。


定圧条件でメタンを燃焼させているから、メタンの燃焼エネルギーは大気を押し上げる仕事に消費される。したがって、メタンを燃焼させた際に発熱する802kJという熱量はエンタルピーだ。
そして、発熱は系の外へ熱を出すことだから、系のエンタルピーは減少する。つまり、燃焼後の状態は燃焼前の状態よりエンタルピーが小さいので、ΔH=-802kJ と書ける。

そこで、上述したメタンの燃焼反応を熱化学方程式ではなく、エンタルピー変化で書くと次のようになる。

CH4(g) + 2O2(g) → CO2(g) + 2H2O(g)  ΔH˚=-802kJ

※標準状態の実測エンタルピー値は、Hの右肩に「〇」を添えて「H˚」と示す。


高校で化学を真面目に学習した人は熱化学方程式のほうが使い慣れているだろうけど、熱化学方程式は日本の高校生だけが使う特殊な考え方だ。早いうちに熱化学方程式から卒業したほうが良い。