9.ギブスエネルギー
「熱力学第二法則」より、孤立系(断熱条件下)における自発的な反応はエントロピー(宇宙)が増大する方向に進行することが分かった。
でも、「熱力学第二法則」が示しているのはあくまでもエントロピー(宇宙)だけであって、エントロピー(系)ではない。
そもそも研究者が注目するのは化学反応が起きるフラスコの中(系)であり、その外界である実験室のエントロピーを含んだ全体のエントロピーには興味がない。できることなら、系についての情報だけで自発的な反応の方向性を知りたいと思っているはずだ。
そこで登場するのがギブスエネルギー(G)。これは次のように定義される。
ΔG = ΔH-TΔS
※ガンバレ(G)阪神(H)タイガース(TS)で覚えよう!
このギブスエネルギーの変化量と自発的な反応の方向性について、次の3つの関係が成立する。
- ΔG < 0 のとき、自発的な反応が進行する。
- ΔG = 0 のとき、平衡状態にある。
- ΔG > 0 のとき、自発的な反応は進行しない。
具体例を出そう。
2NO2(二酸化窒素)と
N2O4(四酸化二窒素)は平衡関係にあり、
温めれば N2O4 (g) → 2NO2 (g)
の反応が自発的に進行し、
冷ませば 2NO2 (g) → N2O4 (g)
の反応が自発的に進行する。
では、温度が25℃のとき、2NO2 (g) →
N2O4 (g) の反応は自発的に進行するだろうか?
ギブスエネルギー(ΔG = ΔH-TΔS)を用いて判定してみよう。
温度は25℃ だから、T には絶対温度 298K(25 + 273)が入る。
エンタルピー変化量(ΔH)とエントロピー変化量(ΔS)は次のように考えよう。
エンタルピーもエントロピーも状態量だから、反応物(2NO2)から生成物(N2O4)に至る途中の反応経路はどんなものでもよい(ヘスの法則)。
そこで、反応物(2NO2)の結合をすべて切り、真空中の窒素原子と酸素原子にする。
つぎに、そのバラバラにした原子集団が再び結合して生成物(N2O4)になると考える。
このとき、反応が本当にこのように進むかどうかは関係ない。2段階で反応が進むと仮定することで、出入りするエネルギー収支が把握できればよいのだ。
物質の結合をすべて切ってバラバラの原子にするには、エネルギーが必要になる。
つまり、2NO2 を 2N と 4O に分ける反応は吸熱反応であり、1mol の
NO2 に 937.86 kJ のエネルギーを与えると N と 2O
に分かれる。このとき与えたエネルギーを原子化エンタルピーという。
また、分子が原子化すれば乱雑さは増し、エントロピーは増大する。たとえば、1mol の NO2 が 2N と 4O に分離すると、その変化量は 235.35 J/K になる。
これとは逆にバラバラの原子が結合して物質になるとき、エネルギーを放出する。
つまり、2N と 4O から N2O4
が生成する反応は発熱反応であり、バラバラの原子が結合して 1mol の
N2O4 が生成すると、1932.93 KJ
のエネルギーが放出される。このとき放出されたエネルギーを原子結合エンタルピーという。
また、バラバラの原子が分子になれば乱雑さは減少し、エントロピーも減少する。
たとえば、2N と 4O が結合して 1mol の N2O4
が生成すると、その変化量は -646.53 J/K になる。
以上より 2NO2 (g) → N2O4 (g) におけるエンタルピーとエントロピーの変化量を計算する。
2NO2 が 2×937.86 kJ のエネルギーを吸収して 2N と 4O に分離し、再び
2N と 4O が結合して N2O4 を生成するが、その際に 1932.93
kJのエネルギーを放出する。
したがって、その変化量は ΔH = 2×937.86-1932.93 より -57.21 kJになる。
また、2NO2 が 2N と 4O に分離することで、系のエントロピーは
2×235.35 J/K 増加するが、2N と 4O が結合してN2O4
を生成することで、系のエントロピーは 646.53 J/K 減少する。
したがって、その変化量は ΔS = 2×235.35-646.53 より -175.83 J/K になる。
最後に、ΔH と ΔS を組合せて ΔG を計算する。
(※単位は ΔS の「J」を ΔH の「kJ」に揃えて計算する。)
ΔG = ΔH-TΔS より
ΔG = (-57.21 kJ)-(298 K)(-0.17583 kJ/K)
ΔG = -4.8 kJ
ΔG < 0 だから自発的な反応が進行する。
つまり、温度25℃では 2NO2 (g) は N2O4 (g)
へと自発的に変化するのだ。