前回、職場の正社員から定量下限値についての教えを受けた私だったが、その内容には納得していない。だから自分が納得するまで調べ、考えることにした。
1.定量下限値の定義とは?
「JIS K0211分析化学用語(基礎部門)」によると「定量下限値」は次のように定義されている。
ある分析方法によって分析種の定量が可能な最小量又は最小濃度
※「分析種」とは分析対象成分のこと。
さて、太字部分の 「定量が可能」という表現。これはどんな状態を示すのだろう?
「定量が可能」は「定量ができる」と言い換えても問題ない。
でも「定量」という言葉はあまり身近な表現ではないから、小学生でもわかる「逆上がり」に置き換えてみる。
2.「逆上がりができる」とはどんな状態?
誰もが小学校の体育の時間に逆上がりに挑戦した経験があるはずだ。そのときのことを思い出してみよう。
両手で鉄棒を握りしめ、勢いよく地面を蹴り、足を振り上げる。握りしめた鉄棒に体を引きつけ、振り上げた足を真上に持っていく。こんどは地面に向かって足が小さな弧を描くように回転すると、真下にあった頭は小さな弧を描くように回転し真上にきた。
このとき、君は心のこう叫ぶはずだ。
「できた!」
「成功した!」
つまり、「逆上がりができる」とは「逆上がりに成功する」ことだ。
ここで話は終わりじゃない。まだ続きがある。
今日は逆上がりのテストの日。1人ずつクラスのみんなが見ている前で逆上がりをしなければならない。
君の順番がやってきた。
心臓が高鳴る...
この前と同じように両手で鉄棒を握りしめ、勢いよく地面を蹴り、足を振り上げた。
しかし、振り上げた足はそのまま地面に着地した。
...失敗だ。
焦る気持ちを抑えられないまま、もう一度挑戦したが結果は同じだった。
君の逆上がりを見たクラスメイトたちはこう思うはずだ。
「君は逆上がりができない!」
「この前はできたんだ!」と必死に訴えても無駄だ。
今ここで逆上がりに成功しなければ、意味がない。
本当に逆上がりができる子は「この前」だけでなく「今」、そして「これから」も成功する。
そう...「何度でも」成功する。
さて、「逆上がり」の話はこれくらいにして「定量ができる」の話に戻ろう。 ここまでの話から「定量ができる」の意味はこうなる。
何度も定量に成功する
3.「定量に成功する」って何だ?
再び身近な例を思い浮かべてみよう。
君が分析した認証標準試料の分析結果が認証値の許容範囲内だったとき、君は分析に(定量に)成功したと思うはずだ。
なぜなら、認証値の許容範囲内にあることは、君の定量結果と信頼のある分析機関の定量結果がほぼ同じだったことを意味するからだ。
つまり「定量に成功する」とは「定量結果が比較対象と同じになる状態」だ。
※比較対象とは認証標準試料の認証値のことだったり、誰かが調製した標準試料の調製濃度ことだったりする。
「JIS K0211分析化学用語(基礎部門)」によると、 「定量結果が比較対象と同じになる」その程度(どのくらい同じになるか)のことを「真度」という。
そして「何度も定量結果が同じになる状態」を「精度が良い!」と言い、逆に「何度も定量結果が同じにならない状態」を「精度が悪い!」と言う。
※ところで「真度が良い!」とか「真度が悪い!」といった表現は聞かない。でも、こうした表現があっても良いと個人的には思う。
4.まとめ
「定量ができる」とは「何度も定量に成功する」ことであり、「何度も定量結果が比較対象と同じになる」ことだ。
これは「精度」と「真度」が良い状態のことでもある。
以上を踏まえると「定量下限値」は次のように定義される。
ある分析方法による分析対象成分の定量が、何度も比較対象と同じ結果になる(適切な精度と真度で定量できる)最小量又は最小濃度のこと。
『検量線の最も低い濃度が定量下限値だ!』という正社員の教えと異なる見解になってしまった...困ったなー(笑)
5.参考・引用した文献など
JIS K0211:2013, 分析化学用語(基礎部門)
上本道久:検出下限と定量下限の考え方, ぶんせき, №5, 216-221 (2010)
派遣先の正社員さんの発言
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