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2020年8月17日月曜日

溶融メタルの成分分析(1) 正社員の過ち

1.溶融メタルとは?

ごみ焼却場などから排出される焼却灰を溶融炉でドロドロの液状に溶かすと、比重の小さい金属は上層に、比重の大きい金属は下層に分離します。

これらを溶融炉から取出し、冷やして固めたもののうち、上層部から取り出したものを溶融スラグ、下層部から取り出したものを溶融メタルとよびます。

さて、この溶融メタルの主成分は鉄と銅の合金ですが、金・銀・プラチナ・パラジウムなどの貴金属も含まれているので、貴重な資源として業者へ売却されます。

当然、金・銀・プラチナ・パラジウムの含有量を把握する必要がありますから、溶融メタルの成分分析の需要が生まれるというわけです。

しかし、この分析が一筋縄ではいかない代物です。




2.中年正社員の過ち

「溶融メタル?金属でしょ?酸で溶かして、ICPで測るだけだから余裕だよ。」

営業からの問合せに、中年正社員が応対していた。
コイツの自信はいったいどこから湧いてくるのか?
こうして中年正社員は、二つ返事で溶融メタルの成分分析の依頼を承諾したのだった。


数日後、ラボに到着した溶融メタルを見た中年正社員は驚愕する。

そこには拳より大きな黒色の塊があったのだ。

彼はハンマーを持出し、それを叩いた。何度も何度も叩いた。その音はラボ中に響き渡り、夜まで止むことはなかった...

彼はわずかに砕けた試料をかき集めて、それをボールミルで粉砕し、これを分析試料とした。

しかし、これが後に大きなトラブルを引き起こすことになるのだった...


3.溶融メタルの物性と調製方法

溶融メタルの主成分である鉄や銅などの金属は、叩くと伸びる(展性)という特徴がありますから、ハンマー等でどんなに叩いても溶融メタル本体は基本的に砕けません。砕けるのは表面の酸化した部分と比重の小さなスラグ部分だけです。


溶融メタルはどのようにして調製するべきか?


おそらく溶融メタルの公定法や規格はありません。そこで、主成分が鉄と銅ですから、次に挙げる規格が参考になるはずです。

・JIS G0417 鉄及び鋼 化学成分定量用試料の採取及び調製

・JIS H1012 銅及び銅合金の分析方法通則

考え方としては、試料を粉砕することが難しいので削り出します。

具体的には、試料をドリルやフライス等で切削します。試料が硬くて切削が無理な場合は、熱処理(焼きなまし)を行って軟化させてから切削します。

ただし、試料調製に着手する前に必ずお客さんと密に連絡を取り合い、双方が合意したうえで作業を進めましょう。中年正社員のように、個人の勝手な判断で調製を行うとトラブルのもとになりますから。

公定法や規格がない試料だからこそ慎重になる必要があります。


さて、ここで調製方法の一例を挙げておきます。

溶融メタルの場合、試料が均一ではないことが予想されるので、数か所をドリルでせん孔し、完全に貫通させます。

次に、その切り粉や切り屑を振動ミルで粉砕し、一定の粒径(たとえば150μm)でふるい分けます。

おそらく、粒径が150μmに満たない試料と、粒径が150μm以上の試料とでは主成分が異なるはずですから、別々の前処理をすることになるでしょう。