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2020年4月3日金曜日

初心者のための ICP-MS の話(4)

スペクトル干渉の除去方法として、前回はクールプラズマについてお話しました。今回はもうひとつのスペクトル干渉の除去方法である CRC(コリジョンリアクションセル)の話です。


イオンレンズを通過したイオンは、CRC(コリジョンガス・リアクション・セル)に到達します。到達するイオンは分析対象だけではなく、スペクトル干渉を起こす多原子や同重体も到達します。ここでは極めて低流量のガスが流れるので、イオンはこのガス分子と衝突し、次の3つのいずれかが起こります。

①弾性衝突によるイオン運動エネルギーの低下
②衝突誘起解離(CID)
③イオン分子反応

①について
イオンがHeのような不活性ガスに衝突した場合、イオンはその速度を失い、ガス分子は速度を得ます。つまり、イオンはその運動エネルギーをガス分子に移してしまい、速度が低下します。

75As+40Ar35Cl+ を考えてみましょう。
どちらも同じ75m/zですが、75As+40Ar35Cl+ では大きさが違います。
面積の大きい 40Ar35Cl+ は、ガス分子との衝突回数が 75As+ より多くなり、運動エネルギーの損失も大きくなります。その結果、75As+40Ar35Cl+ では運動エネルギーに差が生じます。
そこで、CRCよりも質量分析計の電位を高くすることで(エネルギー障壁を設けることで)、運動エネルギーを失った 40Ar35Cl+ は質量分析計に入ることができなくなります。

このように弾性衝突によるイオン運動エネルギーの低下を利用して、多原子イオンの干渉が除去できます。


②について
衝突により運動エネルギーから変換・蓄積された内部エネルギーが多原子イオンの解離エネルギーよりも大きい場合、多原子イオンを崩壊させることができます。
たとえば、52Cr+ にスペクトル干渉する 40Ar12C+ は結合力が弱いので、He のような不活性ガスに衝突すると Ar と C+ に解離させることができます。


③について
衝突するガス分子がHeではなく、H2 のように反応性のあるガスに衝突した場合、Ar+ やその多原子イオンに対して高い反応性を示します。
たとえば、Ar+ と H2 の衝突では15%の確率で電荷移動反応が、85%の確率で水素原子の付加反応が起こり、引き続きプロトンの脱離反応が起きます。

Ar+ + H2 → Ar + H2+   (電荷移動反応)
Ar+ + H2 → ArH + H (プロトンの付加反応)
ArH+ + H2 → Ar + H3+ (プロトンの脱離反応)
ArAr+ + H2 → ArH+ + Ar + H (プロトンの付加反応)

以上の反応によって、Ar+ が減少して Ar+ 由来の干渉イオンが除去されます。

その一方で、40Ar+ と同重体である 40Ca+ は H2 と衝突しても CaH+ を生成しません。ArH+ と同重体である 39K+38Ar40Ar+ と同重体である 78Se+ も同じです。

リアクションでは、Ar+ 由来の干渉イオンのみを効率よく除去できるので、コリジョンよりも干渉イオンの低減の効果は大きくなります。

78Se+38Ar40Ar+ で考えてみましょう。
コリジョンでは面積の大きい 38Ar40Ar+ だけでなく、78Se+ もコリジョンガスと衝突します。その結果、質量分析計に辿り着ける 78Se+ が減ってしまいます。
低濃度の Se を測定するのであれば、干渉イオンのみを除去するリアクションのほうが質量分析計に辿り着ける 78Se+ はコリジョンよりも多くなります。


CRCの登場により、通常のプラズマ条件における多原子イオンによるスペクトル干渉の除去が可能となり、クールプラズマでは不可能であったマトリックスが共存する試料液の測定も可能となりました。
これにより測定元素の制約を受けず、ほとんど全ての元素の分析が可能となったのです。

参考文献

川端克彦:ぶんせき, 9, 443(2006)
高橋純一, 阪田健一:ぶんせき, 10, 540(2009)
高橋純一, 山田憲幸:分析化学, 53, 1257(2004)
野々瀬菜穂子, 久保田正明:ぶんせき, 5, 342(1996)

 


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